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[懐かしい一コマ]両国予備校に、かなり未来とかを求めましたが!

投稿者: | 2018年12月19日

この記事を読むのに必要な時間は約 6 分です。

今日は、ちょっと懐かしい、浪人したときのことを書こうと思います。

さて、浪人と言いましても、実はいろいろある。

祖国を離れた浮浪人とかも、浪人と言われますし、

今回の、大学受験の浪人なんてのは年ごろの人には目立ちますw。

 

いま、おもぅと、あの時期は、人生でも先が見えずに苦しかったが、それを乗り越えたので今の自分があると思う。

苦しい壁を越えれば、新しい景色が見えてくる。

 

そんな私は、人生のあの貴重な10代の時期にどうして受験浪人したのか?

通っていた学校とか、まわりのみなの影響もあったかもしれないw。

そんなときでも、最終の判断は自分だし、いつも自分にかえってきます。

 

そういうときに、浪人するにはどうすればいいか考えましたが、

受験予備校に通うとかがもっともな選択だと思っていました。

 

そういうときに、高校の3年のころに、テレビCMで両国予備校のことをちょっとずつ知るようになりました!

その当時のCMのインパクトは10代の私にとっては強烈な印象がありました。合格実績とかも高くなってきていたようでしたw。

そして、けっこう紆余曲折しましたが、この予備校に足を運ぶことになったのですがw。

受験浪人することになった経緯とか

さて、受験浪人することになった経緯とかについてですが、まあ人並なところも。

当時、高校3年のころ、もう受験シーズンは終わっていました。3月とかかな。

それで、高校生のときにろくに勉強しない私はもう現役での合格はなくなっていた(笑)。

 

そのとき、親戚やらで集まり、進路相談みたいなこともしたし、学校の先生も相談にのってはくれた。

まわりは、自分のことなんだから、自分のこれからだんだから、とか言ってくれましたが、

 

それで特にこれから、いく当てもなく、浪人することに固まりつつあったのですが、

予備校にいくとかは決まってはいなかったw。

ただ、母校の高校が進学校で、現役か浪人で大学がほぼでして、就職するのはあまりいなかった。

とかも影響してか、浪人の決意は固いものになっていたw。

両国予備校にかなり興味をもってしまった理由とか?

とにかく、どうせやるなら、もうそうういう勉強だけの環境になりたかったです。

だから親元を離れることもありでした。

家にいると甘えとかもありますからね。

 

それで、高校を卒業するころの、CMで両国予備校のことをしるようになりましたw。

当時のCMのフレーズまでは細かくは覚えてはいないですが、10代の青い私にはなんらかの次元の違う可能性も感じました。

たしか、医歯薬理工系の高い合格実績とか、山本陽子さんとかで名をはせたみたいでしたw。

 

それで、資料請求か電話かなにかしらアクションして、説明会やらにも参加したい気持ちになりましたw。

それで、高校を卒業してからだったか、卒業してすぐに、両国予備校の説明会に行くことにしました!

なかば、親とかは賛成もしなかったのですが、返事もしないので、けっこう強引だったかもしれません(笑)。

両国の講師のアピールはマジになってしまったw

そして、まだ寒さもちょっと残るこの時期に東京に列車で行くことにしました。

両国の駅についてから歩いてすぐに会場とかがありましたw。

 

そこは、もう当日は全国から受験浪人が集ったみたいで、もうかなり混雑しました。けっこう広いロビーが人でいっぱい!

予備校の当日の資料とかをもらおうと列に並んでいたら、なにか浪人みたいな男性が陰険な態度をとったので嫌な思いをしました(笑)

なにか、パンフレットを見ながら、文句をまわりに聞こえるように言っていたな(笑)。彼はやる気はなかったのか(笑)。

でもまわりにはかわいい高校を卒業したばかりの女性も熱心そうに並んでいたw。

 

講師の説明会がはじまった!!

これが今日の目標でメインだw。

しっかり聞き取ろうとかなり真剣だった。

クラス分けがあり、寮に入って浪人するとかあもけっこう興味がありましたが、大きな声で話す講師のかたの熱意もすごかったですよ!

会場の受験生もその圧倒的な語り口に魅了されていた感じもありありでしたw。

英単語・熟語5000をもらい、ぐっと気持ちが高まった!

その説明会のメインとも感じ取れたのは、

英語の勉強の方法の説明でした。

なにより、英語は単語という教えで、

両国予備校では、当時、赤い本で、英単語・熟語5000なんて本をけっこう売りにしていたのです。

それでも売りというか、講師の話を着ていたら、もう本物の参考書のように思えてきました。

 

なにしろ、当時の大手の予備校でさえ、2000語なのに、両国は5000語でしたから!

 

それを、2,3回繰り返せば、実力はつくし、10回繰り返せば、英語でトップになれる、というのはだてではなかったです。

私は、5、6月の模試で英語は成績良かったですからw。

さいごは、両国には行かなかったですがw

それでも、結局、両国予備校で浪人することにはならなかったです。

実家に帰り、親と相談したり、学費の問題もありましたので、そういう方向になりました。

 

最終的には、地元の予備校で浪人することになりました。

それでも、両国でのあの大迫力の説明会はとてもいい経験になりました。あの感じを地元の予備校での生活にも生かせましたから。

特に、両国で無料でもらった、あの英単語・熟語5000の赤本は私の基本書の1つになったのです。

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